世界的に活躍する造形作家の新宮晋氏(しんぐうすすむ 1937~)は、風や水によって動く唯一無二の彫刻作品を創り続けている芸術家です。
まるで生命を宿しているかのように悠然と動く不思議な彫刻は、一体どのように誕生したのでしょう? お話を伺うため、新宮氏の作品を一堂に見ることができる兵庫県三田市の「新宮 晋 風のミュージアム」(以下、風のミュージアム)を訪れました。
(取材・文:石垣 久美子)
イタリアで生まれた風の彫刻
1937年、大阪府豊中市に生まれた新宮晋氏は、絵を描くのが大好きな子どもだったといいます。
新宮氏は幼少期を振り返り、「母親は教育熱心な人で、私のことを絵の天才だと信じていました。でも親戚で洋画家の小磯良平先生には、そんなに特別なものじゃないし、いずれ野球なんかをやるようになるよと言われたそうですよ」と笑います。
小磯先生の考えをよそに、飽くことなく絵の道に邁進した新宮氏は東京藝術大学で油絵を学びます。
転機は大学卒業後、6年間のイタリア留学でした。1960年代当時のイタリアはアメリカから新しい映画文化やポップアートが押し寄せ、伝統とアバンギャルドが入り混じる混沌とした熱気に包まれていました。
そんな自由でエネルギッシュな空気の中で抽象画を描いていた新宮氏は、「だんだん四角いキャンバスの中に縛られるのがつまらなくなってきた」のだと話します。
やがて、自然の中に「風の形やメカニズムがあると気づいた」という新宮氏は、それまで抽象画で描いてきたイメージを、風で動く彫刻として表現するようになります。
偶然の出会いから生まれた野外ミュージアム構想
そんな新宮氏の風の彫刻を一堂に見ることができるのが、兵庫県三田市の風のミュージアムです。
兵庫県立有馬富士公園の北端にあり、神戸や大阪からは車で1時間ほどの場所です。小高い丘や湖、芝生の広場などがあり、自然と触れ合える公園として人気です。
車でさらに30分ほど走れば、城下町の風情が残る丹波篠山に到着します。地元の人が絶賛する桜の名所「当野の桜並木」(丹波篠山市)など、日本らしい里山の風景もこの地域の魅力です。
風のミュージアムは美術館といっても建物はなく、作品はすべて屋外に展示されています。
三田にアトリエをもつ新宮氏は、ある日、公園を散歩しているときにこの場所を見つけ、野外美術館の構想を思いついたといいます。彫刻を設置するだけでなく、子どもたちのための音楽会や演劇が行われるような、文化芸術の拠点を創ろうと考えました。
「美術館やギャラリーに飾られているものだけがアートだと思っている人は多いものです。そうではないアートの展示方法を見せるのが、風のミュージアムの狙いでした」
行政の賛同もあり、2014年に4枚の大きな羽で風力発電をする《里山風車》(2009年)と、風で動く12点の彫刻が兵庫県に寄贈され、風のミュージアムはオープンしました。
人と自然とアートが一体となる場所
「まるで木がそこから生えているように作品を存在させたい」という考えのもと、雑木林や水辺の風景に寄り添うように作品が設置されています。
すべての作品に柵や台座がないのも風のミュージアムの特徴です。誰もが作品の間近でくつろぐことができ、子どもたちも作品の周りで元気いっぱいに遊ぶことができます。
人と自然とアートの距離がこれほど近く、一体感を味わえる環境は世界的にも非常に珍しいもの。芸術家・新宮晋の理想が詰まった、奇跡のような美術館なのです。
《風のロンド》(2014年)。風のミュージアムのオープンを記念して制作された
自然と呼応する作品は、季節や天候、時間の経過によっても見え方を変えます。金属製の彫刻は光を反射し、太陽のもたらす光と影の美しさを私たちに気づかせてくれるでしょう。
新宮氏は自身の彫刻について「目に見えない自然のエネルギーを見せる装置」だといいます。
「私たちが生きているのは、宇宙から見れば地球の大気の一番底です。そして、なぜそこに立っていられるかといえば、地球に重力があるからです。目には見えないけれど、私たちの周囲には大気や重力といった大きな地球のエネルギーが常に存在しています。私は作品を通して、それを目に見えるようにしているのです」
地球の声に耳を澄ませ、自然の姿に目を凝らして生み出された作品の数々は、私たちの住む星がいかに美しく、宇宙がどれほど広大か、そして私たちがそのすべてと繋がっているのだと気づかせてくれます。
三田にやって来た宇宙人、サンダリーノ
2023年、風のミュージアムに新たな作品が展示されました。それは、新宮氏が生み出したキャラクター「サンダリーノ」のモニュメントです。
サンダリーノは落雷とともに地球に落ちてきた宇宙人、という設定です。名前の由来は、イタリア語の「サンダル」と「三田」をかけたもの。
1990年から三田にアトリエを構える新宮氏は、多くの人にこの地の素晴らしさを知ってもらうためにサンダリーノというキャラクターを生み出しました。そして、未来の子どもたちにも長く愛されるようにと、絵本を出版するなどして普及に情熱を注いでいます。
風のミュージアムでは、サンダリーノと子どもたちを主役にしたパフォーマンスも開催されているのだそうです。
彫刻、絵本、舞台制作など、新宮氏の活動は実に幅広く多岐にわたっています。
「自己表現をするのがアーティストだとしたら、私はアーティストではないかもしれません。私は自己表現ではなく、自分が存在させていただいている地球や宇宙を表現したいのです。そんなふうに自分の外に目を向けると、表現の幅がどんどん広がっていきます」
大阪・関西で出会える風の彫刻
新宮氏の作品は、街中でも見られます。ここでは大阪、神戸など関西圏で見られる作品をいくつかピックアップして紹介します。
特に注目なのが、大阪市北区にある《風の万華鏡》(1992年)です。株式会社ブレーンセンターの社屋として、新宮氏自身が設計した世界で唯一の建築作品です。
アートと建築が融合していて、一階に設置された凸面鏡を覗くと、螺旋階段の中央をドレミの音階に見立てたオブジェが空に向かっていく様子が見られます。
※現在も社屋として使われているため2階以上の立ち入りは禁止です。
また、安藤忠雄氏が設計した兵庫県立美術館にある《遙かなリズム》(1979年)や、広島県の生口島の海辺に展示されている《波の翼》(1991年)は、海景とのコラボレーションが見どころです。
大阪市北区にある《太陽の肖像》(1997年)は、高層ビル群の中にある作品です。実は作品が展示されている西梅田公園も新宮氏の設計です。
ほかにも建築家レンゾ・ピアノが設計した関西国際空港や、旧サントリーミュージアムのある天保山マーメイド広場など、各地に名作が展示されているのでぜひ訪ねてみてはいかがでしょうか?
新宮晋86歳、スタートラインに立つ
取材の中で新宮氏は、86歳を過ぎていよいよ人生のカウントダウンの時期だと話す一方で、頭の中は日々、新しいアイデアが溢れているのだと話してくれました。
これまで世界各地を訪れ、多彩な創作活動を続けてきた自身の人生を「良いウォーミングアップ」だったと振り返り、「今とても良いスタートラインに立っている気分」なのだと笑顔を見せる新宮氏は、真っ直ぐに未来だけを見つめる少年のようです。
風のように軽やかに、柔らかく、そして自由にどこまでも歩み続ける芸術家・新宮晋は、これから一体どんな作品を私たちに見せてくれるのでしょうか。これからもますます、目が離せません。
「新宮 晋 風のミュージアム」基本情報
住所 | 三田市尼寺(にんじ)968 有馬富士共生センター横 |
電話番号 | 079-562-3040 |
アクセス | 【車の場合】 県立有馬富士公園パークセンターより三田市立有馬富士共生センターまで約10分。
三宮・大阪・姫路方面から 中国自動車道「神戸三田IC」より三田市立有馬富士共生センターまで約20分。
福知山方面から 舞鶴自動車道「三田西IC」より三田市立有馬富士共生センターまで約20分。
【電車・バスの場合】 JR三田駅北口にある神姫バス20番系統「三田駅(北口)」バス停から乗車し「 尼寺(にんじ)」バス停下車(約12分)その後、徒歩で約15分。 大阪方面から JR大阪からJR三田駅まで約40分
三宮・姫路方面から JR三ノ宮からJR三田駅まで約55分(JR尼崎駅を経由) 阪急神戸三宮からJR三田駅まで約55分(阪急西宮北口駅、JR宝塚駅を経由) 神戸市営地下鉄三宮駅からJR三田駅まで約55分(谷上駅を経由) |
開園時間 | 9:00〜17:00 |
入園料 | 無料 |
留意事項 | 三田市立有馬富士共生センターに139台(無料)の駐車場があります。 |
公式Webサイト |